延慶寺の兜梅
肥後赤井の城主木山弾正は、島津氏に攻められて落城し、天草種元の本戸城に客将として迎えられました。小西行長が加藤清正とともに志岐城へ攻め入ると、弾正は約500人の兵を連れて迎…
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肥後赤井の城主木山弾正は、島津氏に攻められて落城し、天草種元の本戸城に客将として迎えられました。小西行長が加藤清正とともに志岐城へ攻め入ると、弾正は約500人の兵を連れて迎…
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本戸城跡に佇む歴史ミュージアム。「天草キリシタン史」「南蛮文化の伝来と天草」「天草・島原の乱」「乱後の天草復興とキリスト教信仰」という4つのテーマで構成されており、“日本史…
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島原・天草一揆後の人心平定と改宗を目的に建てらえた天草四カ寺のひとつ。円通寺の本尊であった一佛二十五菩薩を安置。八十八ヶ所巡りも。
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1601年に天草の領主となった肥前唐津藩の寺沢広高によって築かれた「富岡城」。当時の城は1637年の「島原・天草一揆」で一揆軍の攻撃を受け、間一発のところで落城は免れました…
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南蛮寺とはキリスト教の布教最盛期の戦国時代から江戸時代初期にかけて建てられた南蛮風の教会堂の通称。最盛期の天草には3万人を超えるキリスト教信者と60以上の教会が存在したとさ…
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周囲約4キロの小さなこの島には、約300人の島民と約200匹の猫たちが暮らしています。港で出迎える猫や、プライベート感漂う白砂のビーチは、家族連れや女子旅にも人気。小さな赤…
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さまざま逸話を持ち、16歳にして領民を率い「天草・島原の乱」に挑んだ天草四郎。四郎にまつわる伝説や、多くの農民やキリシタンが蜂起した「島原・天草一揆」の流れと歴史的背景を、…
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宇土半島の南側、国道266号のそばにある713年創建の神社。御祭神である玉依姫の尊は神武天皇の母であり、海の神としても知られます。海から永に乗って現れ、鎮座したことから「永…
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宇土半島の国道57号沿いから見える丘の上にずらりと並ぶ、真っ赤な鳥居。ここは、毎年京都伏見稲荷神社への参拝をつづけていた地元の人が、その御利益への感謝と地域の皆さんの多幸を…
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明治三大築港のひとつで、開港当時の形をとどめる唯一の港として知られます。築港の中核を担ったオランダ人水理工師ムルドルは、3つの瀬と島に囲まれた入り江を見て「こここそ天然の良…
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